長生橋80周年記念・長生橋の歴史

長生橋の歴史

長岡市のシンボル長生橋

●長生橋は信濃川に造られた長さ850.8mの鋼橋で、現在の橋は3代目で平成29年10月に完成から80年を迎えます。 長生橋は蔵王橋、長岡大橋、大手大橋とともに、信濃川で分断されている長岡市の川東地域と川西地域を結ぶ重要な橋であるのはもちろん、毎年8月2日と3日に行われる長岡の大花火大会では「ナイアガラ」の名称で知られる「しかけ花火」が架かる橋としても有名で、長岡市のシンボルになっています。

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長生橋の図〔ふるさと長岡のあゆみ 長岡市各所発行〕

長生橋ができるまで

<初代長生橋> ~ 舟渡から橋へ ~

江戸時代は信濃川を渡る手段は船しかなく、西岸(現在の大島本町付近)の「草生津の渡」が唯一の交通手段でした。しかし、洪水や春の雪解けの時期は渡れなかったり、転覆したりして、交通の難所でした。このような状況の中、長岡の元庄屋だった廣江椿在門が新潟県に架設願を提出して、中洲を経て2つの木橋を1876年(明治9年)に架けました。 当時の橋は有料でしたが洪水で何度も流出し、修理費を通行料金で賄うことができなくなり、橋は新潟県に移管され通行料金も無料化されました。

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初代長生橋〔図解 にいがた歴史散歩 新潟日報事業社〕

<2代目長生橋> ~ 長生橋の完成 ~

1914年(大正3年)8月の洪水で橋の大半が流出しました。県は中州を通らずに直接両岸を結ぶ新しい橋を計画し、1915年(大正4年)11月に総事業費12万円(当時の小学校教員初任給は15円)をかけて2代目の長生橋を架けました。兵庫県から取り寄せた杉材を使用しており、橋長さ872.73mは、当時木橋としては日本一の長さでした。

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2代目長生橋の雪景色(昭和初期)〔ふるさとの百年<長岡>新潟日報事業社発行〕初代長生橋〔図解 にいがた歴史散歩 新潟日報事業者〕

<3代目長生橋> ~ 現在の長生橋へ ~

2代目の長生橋も木橋だったため、洪水のたびに部分流出を繰り返していました。県は長生橋を鋼橋に架け替えることを決定し、1934年(昭和9年)1月28日に工事に着手。総事業費78万円(当時の公務員初任給は75円)をかけ1937年(昭和12年)10月12日に3代目の長生橋(現在の橋)が完成しました。

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工事中の3代目長生橋(昭和10年頃)〔ふるさとの百年<長岡> 新潟日報事業社発行〕
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完成した3代目長生橋(右は2代目長生橋) 〔ふるさとの百年<長岡> 新潟日報事業社発行〕
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廣江椿在門の偉業を称えた記念碑

橋の構造・形式

トラス橋は、通行する位置によって下路式、上路式、中路式に分類されます。また、部材の組み方により考案した人の名前を取ってハウトラス、プラットトラス、ワーレントラスに分類されます。 長生橋は「下路式鋼ゲルバーワーレントラス」という形式の橋です。ドイツ人のゲルバーが発案した形式(単純ばりと片持ばりを組み合わせた形式)を採用しているため、単純ばりと比較して構造上優れています。

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長生橋の維持管理

3代目の長生橋は橋の塗り替えや、腐食した鋼材の取替えを行うことで75年という長い年月を経ても、その姿をこの地に維持し続けています。ちなみに平成17年から平成23年の間にこれらに要した費用は約6億5千万円です。 またトラスという構造形式のため、冬期には夜間に雪庇(せっぴ)落としを行い、車両が安全に通行できるように努めています。

腐食が進んだトラス
雪庇落とし

長生橋のあれこれ

名前の由来

長岡の「長」と草生津の「生」を取って「長生橋」と名付けたという説と、過去に何度も洪水で流出していることから「長生き」に掛けて名付けたという説があります。正確な由来は不明ですがピッタリの名前です。

焼夷弾の痕

橋の塗り替え工事で3ヶ所の焼夷弾の直撃跡が見つかっています。1945年(昭和20年)8月1日の長岡空襲の時に衝突したものとみられています。

2代目長生橋の跡

現在の長生橋の下流側(歩道橋のある側)に2代目長生橋があったのですが、2代目長生橋の橋脚らしき杭が残っています。

映画の舞台にも登場

2012年公開の「この空の花 -長岡花火物語」(大林宣彦監督作品)にも長生橋が映画に花を添えるワンシーンとして登場しています。

~長生橋の色は?~

いつ 何を
昭和12年 本橋完成 主体は「うすい肌色」、垂直、斜材は「あずき色」
昭和47年 側道橋完成 側道橋は「ピンク色」
昭和47年 塗装塗替 本橋を「ピンク色」に塗り替え
昭和48年 管理移管 新潟県へ管理移管
昭和51年 塗装塗替 床組部を「クリーム色」に塗替え
昭和56年 塗装塗替 トラス部を「クリーム色」に塗替え
昭和57年 塗装塗替 高欄を「クリーム色」に塗替え
平成4~5年 塗装塗替 同系色の「ペールグリーン(うすみどり)」で塗替え
平成17~23年 塗装塗替 同系色の「ペールグリーン(うすみどり)」で塗替え

土木学会 選奨土木遺産の長生橋

~選奨土木遺産とは~

土木学会選奨土木遺産の認定制度は、土木遺産の顕彰を通じて、歴史的土木構造物の保存に資することを目的として平成12年度に創設されました。

~長生橋~

長生橋は、昭和初期に建設された、今では数少ない下路式ゲルバー鋼構橋で、優美な十 三連の上曲弦トラスが特徴的である貴重な土木遺産として、土木学会より「選奨土木遺産」に認定されました(平成25年度認定)。 信濃川右岸(長岡駅側)歩道橋付近にある親柱に「土木学会選奨土木遺産」の銘板が埋められています。